大阪地方裁判所 昭和28年(タ)26号 判決 1955年8月31日
原告 辻迪(仮名)
被告 辻直子(仮名)
主文
原告と被告とを離婚する。
原被告間の未成年の長女洋子の親権者を原告とする。
訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
真正に成立したと認められる甲第一号証(戸籍謄本)によると原被告は昭和十九年十月十二日婚姻届出をしたこと明らかである。
そして証人宮村久重同安川シカエの各証言鑑定人岡本輝夫の鑑定の結果に原告本人尋問の結果を綜合すると原告は昭和十五年頃より勤務先会社の関係で上海に居住していたが、昭和十八年頃結婚のため一旦帰国し宮村武、同久重の媒酌により被告と約十日間の交際の上結婚式を挙げ、被告を同伴して上海に赴き爾来該地に同居し、昭和二十年原告は現地召集を受けて入隊したが、同年八月終戦により除隊復員したが、その後被告は理由なく、かもいに紐をかけて首をつり自殺を計ろうとして出入の商人に止められる等挙動に不審な点が見られたので、原告はその注意を怠らなかつた処昭和二十一年四月十七日被告と共に上海より故国に引揚の途次博多港に於て突然船より海に飛び込み沖に向つて泳ぐと言う奇異の挙動をした上、帰国後も誰も居ないのに人がいるといつて急に戸外に飛出す等幻聴、妄想の症状が見られたのでひたすらその療養に努めていたが、昭和二十二年五月二日に長女洋子を分娩してからは右状態が更に昂進し、常時精神分裂症状を示す様になつたので、同年七月六日前記武庫川病院に入院し、頭部通電衝撃療法等の治療を施した処かいあつて右症状は略々活癒したと認められたので、同年八月二十四日退院したこと、爾来原告方に於て静養していたところ昭和二十四年一月頃再び右症状を発現し、日常家事に事欠くは勿論、予供に三度の食事も与えない為に成長する事が出来ずその養育も不可能となつたのみならず、その頃、家の中において暴れ廻る等の事もあつて被告を一人放置する事は出来ない状態にあつたので、原告方に於て前記宮村武の立会の下に原被告及び被告の実毋シカエとの間に協議離婚の話合が成立し、被告は其家に帰つて爾来別居するに至り、同年三、四月頃被告の荷物一切は右シカエが原告方より持帰つたが、離婚届に被告が署名捺印するのを拒絶した為め、その届出は出来なかつたこと、同年八月被告は大阪病院神経科に入院し脳の手術を受けたがその結果必ずしも良好とは言えなかつたので其の後布施市小阪病院に入院し約二年間その治療を受け退院したが、其の後再び言動に異常を来すようになり同二十八年五月十四日精神衛生法第二十九条により前記武庫川病院に入院を命ぜられ、現在に至つていること、被告の病状は精神分裂症(破爪型)の欠陥状態にあり幻覚妄想を有し、その結果異常行動、興奮を伴い特に月一、二回突然わけのわからない興奮を来して同居中の患者に暴行する為保護室に隔離しなければならない等の危険な衝動に駆られる程度に悪化し現在に於いては継続して入院保護加療を要するばかりでなく完全な治癒は無論の事、之以上症状の軽快も到底望み得られない状況にあり、現在及び将来に亘つて婚姻生活を継続する事は不可能な状態にあること、更に原告自身昭和二十四年夏頃より健康を害し、同年九月より十一月までと昭和二十七年八月頃より昭和二十九年五月まで再度に亘り肺結核のために神戸市垂水区舞子病院に入院加療の事実を各認める事が出来る。
以上認定した事実によれば原告には民法第七百七十条第一項第四号に所謂配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込みがないという離婚事由のあることが明らかである。
これを被告の立場からみれば、その精神分裂病は終戦末期の混乱時代である昭和二十年原告の応召後唯一人異郷の地に暮していた事による心身の過労も一因となつたと推察出来ないではなく、その点同情に堪えないのであるが、右病因につき他に原告の責に帰すべき事由の存在する事は認められずむしろ被告の父親がその第三子病歿後、独語幻覚不眠を招来し阪大病院神経科にて診断の結果欝病のため約三年間療養していた事実に徴するならば元来被告にその様な素因のあつた事も考えられ、結婚後二年位にして既に被告の前記の如き症状に悩まされて来た上、更に自らも病にある原告に対し夫婦なるが故に回復の見込みのない精神病に患れる配偶者の終生の看護を強制することは些か酷に過ぎるものと言わなければならない。加うるに原被告は六年前より別居してその婚姻生活は実質的に完全に破綻しており、被告には前記武庫川病院において国民健康保険の適用を受け大部分の入院費を国家の負担に於いて、不足を毋親の援助を受ける事に上つて一応経済的に憂いなく加療中であり、現在右離婚により、路頭に迷う事情も存在しない。
以上を綜合するなら前記離婚事由を排斥して尚婚姻を継続するに相当な事情が存しない本件に於いて、原告の離婚の請求は相当であるから、之を認容することとする。
原被告間の前示洋子の親権者措置については前記認定の通り強度の精神病にある被告は親権を行使し得ない事明らかであるから、原告を親権者と定めるのを相当とし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 松本保三 入江博子)